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1-11 重大な話 1

last update Last Updated: 2025-04-30 13:06:00

 食後――

2人の前には今はアルコールだけが置かれている。朱莉のテーブルにはサングリア。琢磨の前にはマンハッタンが置かれいる。

美しい夜景が見えるガラス窓にはその光景に見惚れている朱莉の姿が映っている。

「朱莉さん」

「はい、何でしょうか?」

「すまなかった」

振り向き、返事をする朱莉に琢磨は頭を下げた。

「九条さん……」

「沖縄から帰った後、黙って朱莉さんの前から消えて連絡も取れないようにしてしまったこと、本当に申し訳ないと思ってるんだ。ずっと謝りたかった。朱莉さんと会って話がしたいと思っていたんだ」

「九条さんは、無責任に黙って姿を消すような人では無いと思っています。何か深い事情があったんですよね?」

「そうだ。けど……いくら事情があったって、勝手にいなくなって本当に酷いことをしたと思っている。知り合いもいない沖縄に1人残して。本当のことを言えば……あのとき、一緒に東京へ朱莉さんを連れ帰りたかった」

朱莉の目をじっと見つめる琢磨。

「九条さん…」

琢磨の突然の話に朱莉は息を飲んだ。

(知らなかった……九条さんがそんな風に思っていてくれていたなんて……)

「朱莉さんとのことで帰りの飛行機の中で翔と口論になって、社に帰ってからも険悪な状態で業務にも支障が出てしまったんだ。翔に言われたんだよ。お前はあまりにも私情を挟みすぎているって……」

琢磨はそこでカクテルを煽るように飲むと、グラスを置いて続けた。

「それで言われた。『もうお前とは一緒に仕事は出来ない、秘書をやめてくれ』って。だから俺は、それなら会社も辞めると言ったら、それなら二度と朱莉さんと連絡を取るなと言われたんだ。着信拒否にしろって命令されたしね」

「そんなことがあったんですか?」

「ああ。でも最後にやはり約束を破ってでも朱莉さんには連絡を入れるべきだった。だけど、それも後の祭りだ。俺が朱莉さんとの連絡に使用していたのは会社名義のスマホだったんだ。そこにしか朱莉さんの連絡先を入れていなかった。だから返却した後は連絡を取る手段が無かったんだ。我ながら抜けていたよ。まさか自分があの会社を辞めることになるとは一度も考えてもいなかったからね」

自嘲気味に言う琢磨。

「それで、以前からヘッドハントされていた会社に就職したんだ。好待遇で迎えると言われていたからね。でもまさかそのポストが社長だったとは思いもしなかった。一
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